リボンと王子様
蝉の声が鳴り響く。

遥か上空には夕立になりそうな立派な入道雲が見える。

そんな景色にしばし見入って。

ふと、壁にかけられた時計を見ると午後四時半を過ぎていた。


「就業時間、過ぎてる!」


慌てて戸締まりをして、身支度を整えた。

千歳さんは無意味な残業に厳しい。

物思いに耽って時間を忘れていました、なんて間抜けな理由を言うわけにはいかない。


千歳さんのことだ。

何の悩みがあるんだ、何があったんだと根掘り葉掘り聞いてくる。


玄関ドアを施錠し、エレベーターで一階まで降りる。

着替えるために田村さんの元へ向かう。


私に気が付いて、微笑んでくれた田村さんに駆け寄った時。

真後ろを足早に通りすぎる長身の男性がいた。

カツカツカツ、と磨かれた床に男性の靴の音が響く。

思わず振り返ると。


「……瑞希くん……?」


よく知る人の横顔が見えた。


私の声に瑞希くんが立ち止まる。

私の姿を見て、一瞬瑞希くんは眉をひそめた。


「ビックリした……!
ニューヨークにいたんじゃなかったの?
いつ帰国したの?
公恵叔母さんや樹くんには……」


駆け寄って笑顔で話しかける私に。


「……穂花、か?
……何をやってるんだ?」


静かに怒りを含んだ声音で。

私の言葉をバッサリと瑞希くんは遮った。



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