リボンと王子様
何処か納得していないような表情を崩さない千歳さん。

厳しい双眸で瑞希くんを見つめている。


「……お前はニューヨークにいる筈じゃなかったか?」

「休暇を取った。
帰国して……母の部屋に置いてある私物を取りに戻っただけだ」


重ねて瑞希くんが落ち着いた声で話す。


「……だったらさっさと行けよ」


押し殺すような低い声で千歳さんは瑞希くんに告げた。

無言で瑞希くんは眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げた。

スッと千歳さんの前を横切る。

その刹那。

千歳さんが地を這うような低い、怒りのこもった声で呟いた。


「瑞希、彼女は俺の大事なお手伝いさんだ。
いくらお前でも今後万が一、彼女を傷付けたり不快な思いをさせたら許さない」

「……覚えておくよ」


千歳さんの背中に庇われるように佇む私を一瞥して、瑞希くんは感情のこもらない声で返事をした。

そのままエレベーターへと向かう。

瑞希くんの姿が見えなくなると、千歳さんは私に向き直った。

優しい瞳に濃い心配の色を滲ませて。


「……大丈夫か?」


そっと私の右腕に触れる。

瑞希くんが掴んだ部分が僅かに赤くなっていた。


「だ、大丈夫です。
少し……驚いただけで……痛みもないですし」


小さく返答する。


「……今度からは何かあったら、すぐに連絡しろよ。
そもそも何でこんな時間にまだいたんだ?
とっくに定時は過ぎているだろ?」

呆れた声を出す千歳さんはいつもの千歳さんだ。

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