リボンと王子様
何処をどうやって帰ってきたのか記憶がない。


気がつけば私は自宅の玄関に座り込んでいた。

電車に乗ったのか、どの道を歩いたのかわからない。


千歳さんを失った私の瞳には全てが色をなくして見えて。

あんなにも鮮やかだった世界は、全てが灰色に見えた。


耳には千歳さんの感情のない声だけが響いて。

あれだけうるさかった蝉の声さえ、届かなかった。


こんなにも現実感のない世界の中で。

頬を伝う涙の感触だけが、これは現実だと残酷にも教えてくれた。


どれ程時間が経ったのだろう。

明るかった空は濃い茜色に染まっていた。

遠くの方でカラスの鳴き声が聞こえていた。


どれだけ耳を済ませても、千歳さんの玄関ドアが開く音は聞こえなかった。


「……流石に帰りたくないよね」


自分を欺いていた女がすぐ傍に住む場所なんて嫌に決まっている。

私が逆の立場でもきっとそう思う。


そんな風に考えると自分がどれ程酷いことをしたのかと居たたまれなくなった。

帰ってこないかもしれない。

帰ってきてくれないかもしれない。



もう今更。

私の顔を見たい筈がない。
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