リボンと王子様
「……待って!」


彼の声が背中から追いかけてくる。

振り返れない。

今、振り返ったら彼に囚われてしまう。


数人もすれ違えないような細い通路に私と年齢の変わらない女性達が写真を撮りながら立ち止まっていた。

「……すみませんっ」

謝りながら無理矢理通り抜ける。

「えっ、あっ……」

戸惑う彼女達の声を無視して私は走った。



「待って!」


彼の声はなおも聞こえてくる。


逃げなきゃ。

ただ、それだけを思った。



どうしてかはわからない。

今までに出会ったことのない胸にこみ上げる感情。

今までに感じたことのない熱い、痛みに似た感覚。

私が私ではなくなりそうな、自分の知らない自分。

こんな私は知らない。



囚われそうな闇色の瞳。

纏う色香。

耳に響く低い声。

震えた心。



何も知らない人なのに。

初めて出会った人なのに。

初めてのキスだったのに。

……不快感は全くなかった。



全てがわからなくなって。

理解できないものが恐くて。



彼といたら、もう元の私には戻れない。

そんな気がして。



必死で逃げ出した。


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