リボンと王子様
「……じゃあ、大体こんな感じ?」


有能だと言われるだけあって。

あれよあれよという間に彼と私の希望と仕事内容、時間、その他の条件を明確かつ見事に擦り合わせてくれた。

有子おばさまと取り決めた勤務形態は完全に無視だ。



「……そうですね……」



千歳さんが、恐らくあの日の彼だと気が付いて数分。

再会したことへの自分でもわからない動揺と感情のうねり。

手渡された書面も全く頭に入らない。



彼はきっと私を覚えていない。



たとえ覚えていてくれたとしても、変装した私には気付きようがないのかもしれないけれど。

初対面のように振る舞う彼の態度に何故かチクリと胸が痛む。

その痛みがジワジワと全身にゆっくり広がって。

眩暈のようにクラクラする熱さと。

泣きたいような笑いたいような、説明のつかない感情が込み上げる。




彼の元で勤務することに戸惑う自分。

既に冷静ではいられず、必死に取り繕っているのに。

雇用形態を独自に作り上げられて、もうどうしようもない。




勤務は週に五日。

土曜日、日曜日、祝日は基本的にお休みで。

勤務時間は午前十時から午後四時まで。

掃除と溜まっていれば洗濯を、と言われた。

食事の支度は基本的に不要。

勤務日以外の勤務依頼、時間の延長、早退、その他の例外についてはその都度確認となった。



「……あの、本日は何かさせていただくことはありますか?」

チラリと腕時計を盗み見しつつ、訊ねる。



現在、午後六時十分前。

千歳さんの思いがけない帰国は、田村さんもご存知だろうけれど、いかんせん約束の時間が迫っている。



「……うーん、特に今はないな。
っていうか、既に何回か掃除してくれているだろ?
この部屋」

周囲をざっと見回しながら千歳さんはさらりと言った。

「はい……。
あの、何かいけなかったでしょうか……」

「いや、その逆。
人が住んでいないのに綺麗だから、丁寧に掃除してくれてたんだなって感謝してる」

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