リボンと王子様
到着した無人のエレベーターに乗り込んだ時。

隣りのエレベーターも同時に一階に到着していた。



エレベーターから降りてきた後ろ姿は……千歳さんだった。

デニムを履き、グレーのパーカーを羽織っていた。

どうしてすぐに彼だとわかったのか、わからない。



視線を感じたのか、彼が何気無く振り返った瞬間。



目が一瞬合った。



彼の瞳が大きく見開かれる。




閉まったエレベーターのドア越しに、彼が焦って走りよってくる姿が見えた。

私は慌てて八階でエレベーターを降りて、階段で急いで自室に向かった。



十階に着いて、そうっとフロアを見回す。

続いて千歳さんの部屋にも視線を移す。



千歳さんの姿は見当たらない。

ホッと胸を撫で下ろして、自室に駆け込んで。

玄関に座り込んだ。




あの日。

屋上庭園で出会った千歳さんの姿が鮮明に記憶に甦る。

名前は聞かなかった。

私も言わなかった。

何も、個人を特定できる情報もない。

知らないことの方が多い。


なのに。



闇色の瞳に、驚く程秀麗な顔立ち。

中性的に見える表情に浮かぶ色気。

触れられた手の熱。

熱情を含んだ声。



四年経っても色褪せない記憶。

間違えない。

あの日の彼は千歳さんだった。
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