リボンと王子様
田村さんが出勤した後、手早く身支度を済ませる。


四年前の気持ちを追い出すように、コンタクトレンズを付ける。

白いブラウスに黒のスキニージーンズに着替えて。

ボブヘアに伊達眼鏡を付けて。



三秒間、瞳を閉じる。



鏡ごしに開いた眼に映る私は別人だ。

言い聞かせるようにもう一度瞼を閉じて。

私は職場へ向かう。



この時間は既に千歳さんは出勤している。

連絡用に支給されたスマートフォンにメッセージが届いていた。



『適当に切り上げて定時で帰って』



……伝え方は素っ気ないけれど、気にかけてくれていることが伝わる。



小さい頃の思い出のせいで、私のなかでは勝手に『千歳さん』と呼んでしまう。

彼は雇用主なので、勿論、そんな呼び方はできない。



思いがけないかたちで再会してしまった四年前の彼が千歳さんだという事実を。

私のなかではまだ消化できずにいて。

深く閉じ込めていた記憶と感覚がどんどん溢れた出す。

情けないことに、千歳さんの前だと平静な自分を保つ自信が今はない。

千歳さんが出勤していて不在であることに感謝した。
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