リボンと王子様
ロビーに着いたら千歳さんの姿を確認しなければ。

そう思っている間にエレベーターはロビーに着いた。



開いたエレベーターの扉の前にスマートフォンに視線を落としている千歳さんがいた。


エレベーターの扉の前で立ち竦む私。

……ヒュッと乾いた音が喉の奥で鳴った。

誤魔化しようがなく、身体が固まる。


私の気配を感じたのか、千歳さんが顔を上げた。


綺麗な瞳が大きく見開かれて闇夜を閉じ込めたような黒い瞳に私が映りこむ。



反射的にエレベーターを閉めようとした私の腕を一瞬早く千歳さんが掴んだ。


グイッとエレベーターに押し込められる。


「……何階?」


低い声で尋ねられた。

答えない私に。

溜め息を落として、片手は私の手首をガッシリ掴んだままで、千歳さんは十階のボタンを長い指で押した。



二人だけのエレベーターに沈黙が落ちる。

こんな状況ではなかったら。

腕を掴んでいる人が千歳さんではなかったら。

きっともっと恐怖を抱いていた。



だけど。



先刻聞いたばかりの千歳さんの想いと。

今日まで見てきた千歳さんの優しさを知っている私には恐れがなく。

ただ、千歳さんに何を話せばいいのだろうかということしか考えられなかった。
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