蝉時雨
 立場は二つ。絶対の理に敷かれた生きるものの役割。遵守すべき称号。

 と    と
 搾るものと搾られるもの。

 一方的に奪われるものと一方的に奪うもの。たとえ誰であろうと論破できないルール。

 それが中心。己の判断基準、否、存在意志の現れ。理由などではなく自分として在るために、遵守することで自己を保つ生命線。

 だというのに。

 彼が認めた搾取側の存在は、赤子の手を捻るより、虫の足をちぎるより、とても簡単に■んだ。

 こんなことがあるはずがない。

 最初にはじめたのは自己防衛だった。罪の意識などではなく、法則が食い破られたことに対する絶望感。必死に懸命に懇願でも慟哭でもあげながら、自分を守る法を探した。

 じー。じー。じー。

 蝉が鳴いた。
 少年の狂気が止んだ。

 鳴く虫がいるように、刈られるものは確かに存在する。刈るものもまた然り。

 ・・ ・・・・・・・・
 ああ、簡単なことだった。

 肉の一片から命まで貪られた、奴らは搾取する側ではなかったという単純な事実。

 ・・・・・・・・・・・
 自分が搾取する者なのだという歪曲した現実。

 ならばそのように振る舞うがいい。己の意識を守るために、敷かれた秩序に身命を捧げ、与えられた立場に興じるだけ。

 乱暴に残虐に圧倒的に絶望的に殺害強奪命奪畏れ疎まれ蔑まれ羨望される狂気の搾取者。

 ・・
 理想の絶対位置にはまだ遠い。

 ・・・・・・・
 散らかしたゴミの上で少年は嘆いた。

 ・・・・・・・・・
 手は虫の体液で赤い。

 ・・・・・・・・
 これでは足りない。

 虫が鳴く頃に、気が向いたら奪う迷惑千万な恐怖。奪う理由もほしい物もないので、立派な上の者として正しい行いができるように、せいぜい彼らで練習するだけ。


 蝉が鳴く頃に

 蝉が鳴いた幻聴に

 少年は踊らされる――





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