蝉時雨
 それは初めから異質だったと、世界に生まれた瞬間に理解した。

 正確には、生まれる前から知っていた。

 母親の体内から救出される絶世の苦痛と歓喜に勝るものを、未だ味わったことがない。


 よって、最初に感謝した。



       母
 おお、我が66よ、生んでくれて感謝します!



 二本の足で立ち、泣き叫ぶことなく礼をした。胸に手をあて膝をつき、芝居をかける他に感謝を伝える術を知らなかったのだ。

 まず、母は気を失い帰ってこなかった。

 父はショックと恐怖のあまり自分の子供を投げ捨てた。



 よって、別れを告げた。



     父
 我が4444、残念ですがここでお別れ。また逢えると――



 最後まで言葉を告げることもできず、崖の上から冬の海へと放り捨てられた。

 この頃に、一つ仮面を付けていた。忌むべき顔を隠してくれと、仮初めの面を。他に身に付けているものは何もなく、生後一月も経っていない。


 それは、実に愉快だった。



   海
 11177、これが。冷たいが、なんと壮大。うむ、しばし漂うのも興だ。


 それは笑っていた。両足で水を蹴り、腕で漕いで大陸を一回りした。その頃には体も大きくなり一人の児童に見られる風貌だった。

 海の偉大さを知り、同時に飽き、やがて空に興味を持った。大地を歩くことは暇つぶしにはなるが、時間が経たねば変化が訪れず、三周して飽きてしまう。ならば空を行こう。


    空      空
 333339。333339。悪くはないが退屈だね。


 マントを泳がせて、雲が驚き、風が避けはじめ、CYCYと笑う仮面。

 人間には飽きた。歩くことも飽きた。生きること、止められるかも怪しい。そも、できないことなどない。

 何でもできるということは、誰よりもはやく飽きること。損をするだけである。魔法使いは結論を出していた。





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