【短編】鬼神の森
オニガミ ノ モリ
「母ちゃん!」

 サヨは、泣き叫びながら、母にかけ寄った。

 白い着物が、泥で汚れるのも少しも構わずに。

 母が。

 粗末な単衣(ひとえ)の着物を血で赤黒く染め、険しい山道をよろよろと歩いて来て……力つきたのだ。

 サヨの顔を見ると、その場で崩れるように倒れ込む。

「母ちゃん!!」

 深い山のただ中で、時雨だけが降っていた。

 サヨがいくら揺すっても、もう動かない母の身体は。

 しとしとと降る雨雪に打たれて、急速に冷えてゆく。

 冷たい時雨が、母の命の火を消そうとしているのを感じて、サヨは青ざめた。

「もう、いやぁ!
 雨雪、止んで!?」

 サヨの叫びは、天にとどかず。

 普段なら、すぐに止むはずの時雨なのに。

 こんな時ばかりは、やけに長く降り続く。

 こぼれ落ちてゆく命の砂を、少しでもすくおうと。

 サヨは、必死に母の身体をかき抱いた。

 あくまでも、冷え冷えと降る時雨を恨みながら。

 
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