烏丸陽佑のユウウツ
・エピローグ
「陽佑さ~ん...」
「お゛」
店に来るなりフロアに居た俺を見つけて抱き着いてきた。
「どうした、ん?何だ、休み明けで早速仕事でミスでもしたのか?」
何も。声は出ないってところか。酷い落ち込みようだな...。ま、仕方ないか。暫くは溜め息ばかりになりそうだな。
「......違いますよ。俺の、この落ち込み具合で解りませんか?......はぁ。仕事なんかじゃありません」
解かってるよ。背中をポンポンと叩いて身体を離させた。
「可笑しな事言うなぁ。仕事でだって落ち込むだろ。ま、座れよ」
背中に手を当てカウンターの端に移動した。力なく椅子に腰を下した。
「...今回は違うんです」
「そうか」
「...聞いてくれないんですか?」
「ん?話すなら聞くさ」
カウンターの中に戻り、勝手にいつものブルドッグを提供した。
「はい、どうぞ」
「...」
「どうした。別のにするか」
「大丈夫です。...言いたくないです。...解ってました。いつかはこうなるって。でも信じたくない、...認めたくない」
...気持ちは解るよ、...痛い程な。
「...もう。陽佑さん...」
「だから...何だ」
「言います、...言いますから。...梨薫さんが、部長と」
「うん」
「婚約したんです」
グラスを手に取り一気に飲み干すと、タン...と力なく置いた。
「...はぁぁ」
「そうか」
「あ...また...そんな、そうかって、あっさり。...どうしてそんな風にしていられるんですか。も゛う。...婚約ですよ?婚約。恋人関係なんてぶっ飛ばして、もう婚約ですよ?決定的じゃないですか...。兄貴の墓にも、二人で報告しに行ったみたいだし」
「そうなんだ」
梨薫ちゃんからか、部長さんからか...報告を受けたんだな。婚約とは、思い切った判断だったよな。あっさりって訳でもないさ。今回は、黒埼君より先に知ってたってだけだ。多分、そうするだろうってな。
「そうなんです。いきなり、早過ぎませんか?俺の知らないところで二人は進んでいたって事ですか?...」
そうでもないと思うぞ?...。実際そんなに進んじゃいない。対処が大人だってだけだ。
「それは...俺には解らないな。...フ。俺の店に来ている時間...結果として、隙というか、チャンスを作ってしまったんじゃないのか?...部長さんに」
「...そんなぁ...。そうだとしたら無理です。四六時中一緒に居させてくれる訳じゃないから...。はぁ、俺...今日こそ泊めてくださいよ?着替えだって、...持って来てるんですから」
見てくださいって、上着のポケットからボクサーパンツを取出し広げてまで見せた。
「あ、は。...準備のいい事で。泊まるつもりで計画的じゃないか...いいよ。だから、もうしまえ」
誰でもいい。愚痴のように吐き出す言葉をただ聞いてくれる人間が欲しい時があるんだよな。
「...はい。...え?本当ですか?」
「本当も何も。潰れたら面倒見てやるよ」
「陽佑さ~ん」
前から腕を伸ばして強引に身体に抱き着いて来た。...はぁ。
しようがないよな。いつかこうなる事は、黒埼君だってどこかで解っていた。
だから、黒埼君は深い傷にはならずに済む。...きっとな。