いつか羽化する、その日まで
私は胸に手を当てた。スーツの胸ポケットに入れた、持ち歩き過ぎてしわしわになりつつある〝それ〟のちょうど真上。
どんなに由緒正しい神社のお守りよりもずっと私を勇気付けてくれたそれは、インターン最終日に村山さんから貰ったものだ。
少し固めで、手のひらサイズ。
辛いときも苦しいときも一緒に乗り切ってきた、私の玄担ぎ。
「あ!」
私は視界の端で光るあるものを見つけると、小走りで近付いた。
『マナカ商事』
銘板だ。
濃いグレーの背景に、磨かれたシルバーの文字が立体的に浮き上がっている。駅からこの場所へ歩いてくる間に沢山の会社を見かけたが、そのどれにも負けないくらい立派なものだ。さすが、都会の一等地。
うんうんとひとり頷いていると、この重厚な雰囲気に似合わない軽やかな声がした。
「田中建設のお陰で、看板マニアになっちゃった?」
声が出ない。
だって、どうしてここに。
振り返った先にいたのは、村山さん本人だったからだ。グレー地にチェック柄のスーツを身にまとって、相変わらず明るい色の髪の毛を揺らして立っている。
「どうしたの、そんなにビックリした顔して……って、ええ?!」
がしっ、と両肩をつかまれてまじまじと覗き込まれる。あまりに近い距離にうまく呼吸ができなくなった。慌てて息を吸い込むと、懐かしい爽やかなにおいに、すぐ胸がいっぱいになる。