いつか羽化する、その日まで
「これから懇親会だったんでしょ。出なくてよかったの?」
「……よく知ってますね」
「まあね」
内定者の予定にやけに詳しい村山さんと、ターミナル駅までの道を歩く。聞けば、村山さんは一昨日から本社へ出張だったらしく今日はこのまま直帰するのだそうだ。小さめのビジネスライクなキャリーバッグが隣でゴロゴロ音を立てている。
自然な流れで一緒に地元まで帰れることになり、私は嬉しさで緩んでしまいそうな口元を隠すことに必死だった。日に日に早くなる夕暮れが後ろから、私たちの影を細く長く引き伸ばしている。
「実は明日、卒論の中間発表なんです。そのことを話したら懇親会は免除してくださって」
家に帰ったら、明日のために作った資料の最終確認をする予定だ。担当ではない先生たちの容赦ない質問のことを考えると、恐ろしさに身震いしてしまう。
「へえ、何書いてるの?」
聞いて欲しかった質問が飛んできて、私は思わず笑顔になった。本当は、テーマを決めた時からずっと村山さんに話したいと思っていたのだ。……今日までずっと、会えなかったから。よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに私は胸を張った。
「〝地方経済におけるリスクマネジメント〟っていうテーマにしてみたんです!」
「ぶはっ」
私の卒論テーマを聞いた村山さんは、何故か盛大に吹き出している。
「村山さんに言われてからリスク管理について勉強しようと思いまして。資料を読んだり、フィールドワークをこなしたりして卒論自体は割と順調なんですけど……。
ーー村山さん、あの時何を言おうとしてたんですか?」
「……」
「って、大した意味なんてなかったですよね」