いつか羽化する、その日まで

私だけが過去に捕らわれているような気がする。ここまで来るのにどれだけ、隣を歩く人の背中を追ってきたことだろう。
彼にとっては一瞬で過ぎ去った、なんてことのない日々だったのだ。


「はあ、参ったな……」


そんな弱々しい声が隣ではなく少し後ろから聞こえ、私は隣に村山さんがいないことに気付いた。どうやらひとりで喋りながら歩いていたようで、恥ずかしい。

振り返ると、村山さんはかげり始めた太陽の前に立っているかのようだった。すっかり陰になってしまい、表情がよく分からない。


「……僕が教えてあげるって言ったのに」

「さすがに、それは社交辞令だって分かってましたよ」


あはは、と笑いかけた。社会人としてはまだスタートもしていないけれど、私だって一応成人している訳だし、それくらいの分別はついているつもりだ。


「……」

「あ、あれ?」


どんなにくだらない話だったとしても、インターンの時だったら私に合わせて多少は笑ってくれていたはずなのに。


「もし本気だったら?」


何も言わない村山さんの様子がおかしいと思ったのは、距離を詰めらたことに気付いてからだった。


「む……らやまさん?」


私の顔に影がかかる。
ここのところ日が落ちるのがどんどん早くなっていて、冬の足音がもうそこまで聞こえているけれど、いくらなんでもこれは暗すぎる。現実逃避するようにそんなことを考えてしまっていた。


「ずっと待ってたんだけどなあ」

「え」

「さすがに僕からは倫理的に考えたらアウトでしょ? だから、名刺を渡したらそのうち連絡くれるかなって思って」

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