いつか羽化する、その日まで

笑っているのに、どことなく苦しそうで切なげな顔を見せる。そう、まさに自虐的という言葉がぴったり当てはまるだろう。さすがにその姿は、冗談を言っているようには見えなかった。

私の胸ポケットに入っている玄担ぎでもあるそれは、インターン最終日に村山さんがくれた〝名刺〟だ。社名と氏名、あとはメールアドレスくらいの、ごく一般的でシンプルなもの。


「だだだってあの名刺、会社で使ってるメールアドレスしか書いてませんでした!」


ただの気まぐれだと思っていた。本当は連絡をしてみたかったけれど、迷惑かなとか、私のことを忘れていたらどうしようとか、いっぱい悩んで結局送信ボタンが押せなかったのだ。


「僕しか見れないから気にしなくてよかったのに」

「気にします!」


〝ずっと待ってた〟とは、どういう意味を持つのか。〝インターンでお世話になった先輩〟以上の関係を期待してもいいのか。あの夏の日々が色鮮やかによみがえってきて、私の頬が急激に熱を持つ。近過ぎる距離に目線をきょろきょろとさまよわせる私の頭上で、小さく笑う声がした。


「心配性だなあ。……でも、いつも持ち歩いてくれてるのはめちゃくちゃ嬉しいよ」

「なんでそれを……」

「さっきビルを出た時ににやけながらポケットから出してたよね? しわっしわの僕の名刺」

「え、え……!」


まさか見られていたとは。
超能力でも備わっているのではないかと思えるような村山さんの洞察力に、私はただただうろたえる。
その衝撃で二人の距離のことなどすっかり忘れてしまったまま顔を上げると、見とれるほどの優しい笑顔が待っていた。


「ねえ、それってうぬぼれてもいいやつ?」

「……」


これはもう、絶対に気付かれている。
一体いつから。もしかしてずっと前から知られていたのかもしれないと思うと、早速自分が入るための穴を掘りたくなった。


「こたえてよ。〝ナギサ〟ちゃん」


私の観念した様子に、村山さんはその目を柔らかく細めた。


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