いつか羽化する、その日まで
私、もう日にちは数えません。
「信じられない……」
新幹線の座席に座ってひと息吐いてもまだ呆然としている私の目の前に、お茶のペットボトルが差し出された。
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
「……別に褒めてませんけど」
ありがとうございます、と無愛想に言い放ち鮮やかなパッケージのそれを受け取った。次に財布を出して小銭を取ろうとしたが、隣に座った彼はいらないと首を振る。強引に押し付けようかと思ったが、受け取ってくれないことは過去の経験から目に見えていた。
「さっきの、少し意地悪だった?」
その言葉で先ほどの温もりとにおいをバッチリ思い出し、頬がカッと熱くなった。
「い、意地悪なんてレベルじゃ……!」
公衆の面前で何ということをしてくれたのだろう。
ところが、この大都会では日常茶飯事のようだ。道行く人々は、誰も私たちのことなど気にしていないようだったからだ。
……地元であんな抱擁まがいの行動をすれば、目立って仕方ないというのに。
(って、いやいや! あれは絶対見て見ぬ振りをされていただけだから!)
(結局、からかわれただけなの? でも、確かに私あの時、村山さんに抱きしめられて……)
彼の真意が分からない。
私の気持ちを知って茶化しているだけなら、わざわざ新幹線まで隣の座席に座ったりしないだろうと思うのだ。二人掛けの座席の、窓側が私で通路側に村山さんが座っている。少しでも寄ると、腕同士がぶつかってしまいそうだった。
ひとこと言いたいが、余計なことを言ってしまいそうで迂闊に喋れない。そんな葛藤とひとり戦っていると、村山さんからふっと笑いが漏れた。見透かされている。
「こっちとしては、ちょっとした仕返しのつもりだったんだけど」
「仕返し?」
聞き返すと、うん、と短い返事が聞こえる。村山さんの言う〝仕返し〟に全く心当たりがない私が怪訝な顔をすると、隣からはため息がひとつ。