いつか羽化する、その日まで

「ーー渚ちゃん、内定貰った時に所長に連絡したでしょ」

「ああ、はい」


村山さんの言葉に、内定通知が届いたこの夏の、とても暑かった日がよみがえる。

まさか本当に内定が貰えるとは思っていなかったので、腰を抜かすほど驚いた。そして、震えながらも私が真っ先に行ったのは、お世話になった営業所へ報告することだったのだ。自分のことのように喜んでくれた電話越しの所長の声は、忘れられない。


プシュッと小気味よい音に我に返ると、村山さんが勢いよく缶コーヒーを煽っているところだった。上下に動く喉仏が嫌でも視界に入ってしまい、目のやり場に困る。
そうこうしているうちにあっという間に飲み終えたようで、タン、と座席のテーブルに缶を置いた彼は、勢いよく私の方を向いた。


「普通、僕にも連絡くれるよね？」

「ーーへ？」


普段はあまり感情を出さない彼がこんなに強い視線を向けるなんて珍しい。想像もしていなかったセリフに目を白黒させていると、ハッとしたように「ごめん」と呟き席に居直った。


いつの間にか新幹線は発車しており、行き先を告げる車内アナウンスが耳を通り抜ける。窓の外は高層ビル群の眩い輝きがゆっくりと流れていた。


「渚ちゃんから連絡があった、って所長から聞いたときは、嬉しさよりも腹立たしくて。だから、次に会ったら絶対本当の気持ちを聞こうと思った」

「……」


村山さんはリクライニングを少し倒した座席に背を預けている。手の甲を目元に押し当ててしまい、表情は見えないままだ。


「ーーそれなのに。久々に見たらびっくりするくらい綺麗になってるし、僕が好きだって言ってたポニーテールもできないほど髪の毛短くして。そんな姿を見ていたら、まるでインターンはなかったことになってるんじゃないか、って思えてきて」


ーーあ、あれ？

私は頭の処理が追い付かず、村山さんを凝視したまま固まってしまっていた。

さっきから、彼は不可思議なことばかり口にしている。私のことをからかっているだけなのかと思っていたが、案外そうでもないような……。