いつか羽化する、その日まで
「……はあ。〝アサミ〟さん、素敵な方でしたねえ」
「んん? ……あー、まあ、そうだね」
食後のお茶は精神を落ち着かせてくれる。きっと隣の、あんなことを言っておいて結局再び手を握ってくることもなく過ごしている彼もそうに違いない。
独り言を聞かせるように話しかけると、何とも無難な回答が返ってくる。何か言いたそうに感じるのは気のせいだと思うことにした私は、構わず続けた。
「アサミさんも営業の方なんですか?」
「いや、彼女は総務。もしかしたら新人研修でお世話になるかもね」
今日の入社式で新人研修は本社で行われると発表され不安に感じていたが、アサミさんの優しげな雰囲気を思い出すと温かい気持ちになれる。
それと同時にどこか寂しくも思った。営業職で入社する予定の自分とは、今後接点が少ないのかもしれないからだ。
もう少し話をしてみたかったと思った時、ふと脳裏に先ほどアサミさんのバッグで揺れたキーホルダーが浮かぶ。
(そうだ、あのキーホルダー!)
私は、一年前にあのキーホルダーを見たことがあった。
「アサミさんのバッグに付いていたペンギンのキーホルダー、どこかで見たことあると思ったんですけど、思い出しました! 小林さんが営業車の鍵に付けていたのと一緒です。もしかして、会社で流行ってるんですか?」
「……今、ものすごく有益な情報を聞いた気がするなあ。へえ、あの小林さんがねえ……」
ちなみにまったく流行ってないよ、と何故か笑顔で否定されて、がっかりしてしまった。
「そうですか……。話しかけるきっかけになるかも、って思ったんですけど……」
新入社員から先輩に話しかけるのはすごく勇気のいることだ。事前に何の関わりもなかった場合、特にそう感じてしまう。
キーホルダーのことをきっかけに話しかけられるかもしれないと期待したが、難しそうだ。