いつか羽化する、その日まで
「ーーあの!」
私が口火を切った瞬間、今日それまで一件も鳴らなかった電話の着信音がいとも簡単に私の決意を遮った。電話の相手がこちらの会話を聞いていたのではないかと思うくらいの絶妙なタイミングに、怯んで何も続けられなくなる。
どんな感情を持ち合わせていても、仕事は仕事だ。この数日で何かの実験のように刷り込まれた〝三コール以内の受話訓練〟の賜物か、私は感情を出さずに電話を取ることができた。
「ーーはい、少々お待ちください。
……村山さん、ツチダ食品の五十嵐様からお電話です」
「ありがとう」
それは村山さんも同じのようで。
ーーいや、彼の方が何百倍も上手だ。感情の隠し方も、見抜き方も。
今までのやり取りなどはじめからなかったかのように、私に応え、電話に出る。
「立川さん、そろそろ行こう」
「あ、はい!」
気付けば時間が経っていたらしく、すっかり外出の準備を終えた小林さんが立っている。私は立ち上がると、バッグと上着を掴んで彼の後に続いた。
しかしどうにも心の中がモヤモヤしてしまい、部屋を出る前にそっと振り返ってみる。すると、電話中のはずの村山さんも同じように私の方を見ており、視線がかち合った。
〝いってらっしゃい〟
慌てて逸らしてしまったけれど、村山さんの口はそう動いていた……気がする。