いつか羽化する、その日まで

「え、ええ?! し、質問ですか?」


突然素っ頓狂な声を上げた私を不思議そうにちらっと見て、小林さんは続ける。


「こんなこと立川さんに言うのは良くないかもしれないけれど、俺たちも初めてのインターン受け入れで手探り状態だからさ。立川さんがどういうことを知りたいのか参考にしたいんだ」

(そう……ですよね)


一瞬心の中を読まれたのかと思ったが、仕事熱心な小林さんらしい内容だ。
ーーそれなのに。
それなのに私は、その思いを踏みにじってしまうかもしれないことに罪悪感を覚える。


「えーと……毎日どれくらい残業してるんですか?」

「そうだな……一概に何時間とは言えないけれど、時期によって違うかな。閑散期であれば定時退社が続くときもあるし、繁忙期である決算時期や商談中の案件を詰めている時であれば、それこそ日付が変わるくらいまで残ることもあるし。……って、会社的にはあんまり言っちゃいけない内容だったかな、今のは」


ーー後半のは、どうかこれで。

小林さんの、人差し指を立てて口に当てる仕草を見た私は、ただ必死に頷くことしかできなかった。さっきから心臓に悪過ぎる。


残業の件は、ずっと気になっていたことだった。残業もあるはずなのに、小林さんも村山さんもはつらつと仕事をしているからだ。


「皆さんすごいです。日付が変わるまで仕事をして、朝は掃除もして」


思わず息をつくと、隣で小さく笑う声がした。


「慣れれば意外と平気だよ。俺は掃除よりも冬の雪かきの方が堪えるかな。家の前もやって出勤したのに、会社でもまたやるのかよって」

「あはは、そうですよね。しかもまたすぐ積もりますし」

「そうそう」


なんとなく空気が和やかになってきたところで、私はひとつ勇気を出してみようと決心した。自信は、まだ何ひとつ無いけれど。


「も、もうひとつ質問してもいいですか?」


声が震えないようにぎゅっとスカートを握る。


「どうぞ?」


親身になって聞いてくれようとしている小林さんに、私は精一杯の勇気をぶつけた。
もちろん、心の中で盛大に謝罪しながら。


「小林さんて、金属アレルギーですか?」

「ーーは?」


ごめんなさい香織先生。今の私にはこれが限界です……!

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