いつか羽化する、その日まで

「小林さん、昨日はありがとうございました」


席に近寄って声をかけると、小林さんは作業の手を止めて顔を上げた。


「いや、俺の方こそ事前にもっと伝えておくべきだった。長く付き合っているとそれが当たり前みたいになってしまうところがあって……悪かったな」


小林さんに気を遣わせてしまったことに申し訳なさを感じ、私はつい大きな声を出して本音を言ってしまった。


「でも私、すごく楽しかったです!」


緊張でガチガチになってしまったけれど、どもったり噛んだりして挨拶さえうまくできなかったけれど。小林さんが顧客と話すところを間近で見ることができて……ひと足早く社会人になれたようで、嬉しかった。それだけは、どうしても伝えたかったのだ。


「そう」


しばらく目を丸くしていた小林さんは、すっと目を細めて笑った。


「なら、次はもっと楽しいんじゃないか?」

「次?!」


もし二度目があるのなら、今度はもっと頑張れるはずだ。私が詳細を聞こうと身を乗り出すと、そのまま視線を外して私の後ろへ向ける。何かあるのだろうかと私もつられて振り返ると、席に座っている村山さんがひらひらと手を振ってきた。


「東エリアも行っとかないと」


背後から聞こえた小林さんの少しだけはしゃいだ声が衝撃的で、私を黙らせるには十分だった。

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