いつか羽化する、その日まで
「サナギちゃんて、ついちょっかい出したくなるんだよね」
「はあ。子どもみたいな理由ですね」
いつもの、売り言葉に買い言葉といった応酬のつもりだった。
信号待ちの交差点。
ゆっくり振り向く、笑っているのに憂うような眼差し。
村山さんは、私をじっと見て言う。
「うん。……僕の、初恋の子に似てる」
「え」
静まり返った車内に、時が止まったかと思った。その表情から甘い思い出なのか苦い思い出なのか判断できず、返事に困る。
私が村山さんの初恋の人に似ていることはもうどうしようもないが、それがせめて、ひだまりのような温かい思い出であればいいなと思う。
……思ったのに。
いたずらっぽい表情に変わったのは、ほんの一瞬のうちだった。
「なーんて言ったら、驚く?」
「……」
ーー最低だ!
私は、無言で助手席の窓の方へ顔の向きを変えた。目に映るのは、灰色の厚い雲で覆われた空と色褪せたように見える街並み。
動き出した車の中、村山さんの声が珍しく焦ったように後頭部に飛んでくる。
「ごめんごめん、怒らないで」
「別に、怒ってないです」
「怒ってるじゃん」
それこそまるで子どものようなやり取りは、訪問先に到着するまでしばらく続いた。
さっきまでの穏やかな気持ちは、何処へ。