いつか羽化する、その日まで

「わあ」


車から降りた私の目の前には、いかにもオフィスビルといった濃いグレーの建物が鎮座している。先ほどの車内での一件のこともあり、村山さんから少し距離を取った私がエントランスの方へと近付くと、立派な石造りの銘板が出迎えてくれた。思わず書かれてある社名を音読する。


「田中、建設」

「前にサナギちゃんが取り次いでくれたこともあるんだけど、覚えてる?」


そう言えばそうだったかなと記憶をたどってみる。しかし、小林さんも村山さんも取引先からの連絡が多いため、どこの会社からの電話を取り次いだかなんて曖昧だ。


(……って、村山さん、いつの間に)


ごく自然に隣に立っている村山さんは、ビルの最上階辺りを見上げている。

さっきは何故あんな冗談を言ったのだろう。
お陰で、私の胸の中は霞がかかったようにずっとモヤモヤしたままだ。


(謝るくらいなら、嘘でもいいから冗談だなんて言わないで欲しかった……って、あれ?)


ついそんなことを思ってしまった後で、焦って言い訳を探す。別に、村山さんの初恋の人に似ていると言われたことが嬉しかったから、ではない。……断じてない!


「それにしても、大きいよねえ。これ自社ビルなんだって」


首をぶるぶる振っている私のことなどお構いなしにのんびりした声が聞こえる。
その声を聞いて、すっかり毒気が抜かれてしまった。


(……さっきは、随分幼い態度を取っちゃったな)


子どもみたいだったのはむしろ自分の方だったと気付き、無性に恥ずかしくなる。
そして、村山さんのいつもと変わらぬ態度にほっとしつつ、私も首を反らせてビルを見上げた。

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