いつか羽化する、その日まで
ざっと数えて八階建て。
確かに、私がお世話になっている営業所は賃貸で二階建ての下のフロアのみ借りている状況だということを考えると、やはり自社ビルは格が違うように思える。
ーーあれ、でも。
そう思い今度は村山さんを見上げると、彼は咄嗟に人差し指を自身の口にあてて見せた。〝黙って〟との合図に、漏れ出そうな声を慌てて飲み込んだ。
「ーー話合わせて」
(え?)
小さいけれど強制力のある声に、思わず頷いてしまった。村山さんは、隣にいる私に言うには大き過ぎる声で再び話し始めた。
「うちの営業所なんて、吹けば飛んじゃうよね。羨ましいな、自社ビル」
「そ、そうです、ね」
この状況は、一体。
不思議に思っていると、後ろから足音が響いてくる。
「マナカさんがこっちに支社建てるときは、力になりますよ」
なんとなく聞き覚えのある声だ。振り返ると、上がモスグリーンの作業服で下はスラックス姿の男性が笑いながら近付いてきている。
「あ! どうも、宮下さん」
村山さんは「まさか聞かれているとは思いませんでした」とでも言いたげな声を出して、にっこり笑った。