いつか羽化する、その日まで
営業所を出て空を見上げると、既に星が見えていた。先ほどまでの夕焼けは遠く離れ、空の向こうにうっすらと跡が残っているだけ。眩しいほどだった橙は、赤錆のような色へと変化して、夜の藍色と混ざり合っていた。
「夏の大三角」
同じく空を見上げた村山さんが、何とも言えない声を出す。嬉しい、に近いようで遠いような、そんな声色だ。
「星、好きなんですか?」
だからつい、無意識に聞いてしまっていた。
「うーん……どうだろうな」
村山さんにしては珍しく曖昧な答えだ。
これ以上会話が広がりそうになかったので、いつまでも残って迷惑をかけないよう、挨拶をしてバス停へ向かおうと視線を彼へ向ける。
しかし、先に口を開いたのは村山さんの方だった。
「夕飯でいい?」
「……え?」
何の話だろう。
ぽかんとする私を見て、村山さんは言い直した。
「残業代、払えないからさ。せめて現物支給させて」
〝不測の事態で残業させてしまったから奢らせて欲しい〟という意味だと気付いて、思わず私は大きな声を出した。
「ええっ! そんな、いらないです!」
「……サナギちゃん、もう少し僕が傷付かないような言い方にしてよ」
胸に手を当てて悲しそうな演技をする村山さんを見て、必死になっていた私はハッと我に返った。
「あっ、ごめんなさい! でも、私が無理やり残ったからで、村山さんは何もーー」
「さっきの監督責任は僕にあるよ」
「でも!」
営業所の前でお互い一歩も引かずに言い合っていると、村山さんが何かに気付いたように急に思案顔になった。
「そうだなあ、やっぱり食事だと外聞が良くないか……。じゃあさ、こうしない?」
ーーこれなら罪悪感ないでしょ?
そう提案した村山さんは、渋る私を強引に駐車場へ連れて行った。
「いや、そういう問題ではないと思うんですけど!」
私の真っ当な意見を、華麗に黙殺したままで。