いつか羽化する、その日まで
人ひとり迎えに行くのに何時間かかってるんだ、とキツい口調で責められているのに、青いスーツの彼の表情はどこ吹く風。
「何って、かわいい子が困っていたから助けてあげようと」
「どう見ても余計困らせてただろ。……頼むから問題だけは起こすなよ」
諦めたのか、黒いスーツの彼ははあ、と短いため息を吐いた。きっとこの青スーツ男には普段から難儀しているに違いない。出会ってたったの数分で、私は確信してしまった。
「ーー立川渚さん、ですよね」
「はいっ?!」
私の方へ向き直った黒いスーツの彼に突然フルネームを呼ばれて、思わず素っ頓狂な声が出た。それを見た青スーツ男が大げさに笑い出して、少しムっとする。
けれど、その感情をも上回ったのは。
「ようこそ、マナカ商事東部第四営業所へ。今日から三週間、どうぞよろしく」
先ほどまで不機嫌そのものだった黒いスーツの彼が目を細めて微笑んだ瞬間に生まれた、私の中の新しい感情だった。
ーーもしかして私、生まれて初めて一目惚れをしてしまったかもしれません。