いつか羽化する、その日まで
「ここ?」
小林さんの答えは、とても意外なものだった。
「いや。正確に言うと、駅で」
「駅、ですか」
ますます意味が分からない。足りない言葉の説明を求めようと小林さんを見た私は、そのまま言葉を飲み込んだ。
「あ、ありがとうございました! 私、自席に戻りますね」
「ん? ああ、お疲れさま」
慌てて会議室を出る。
これ以上は、踏み込んではいけない領域だ。
普段とても落ち着いている小林さんが、あんな顔をすることもあるんだ。
少しだけ胸がドキドキした。これは、恋というよりも、見てはいけないものを見てしまった感覚に近いと思う。
だって、小林さんの顔はまるでーー。
引き出しの奥にしまってある宝物をこっそり取り出したかのような、大事なものを見つめる優しい表情だったからだ。