いつか羽化する、その日まで
「朝夕は大分マシになってきたんだけどなあ」
不意に漂ってきた爽やかな香りに、思わず隣を見る。村山さんは、喋りながらシャツの胸元をつかんでバタバタ動かしていた。
頬を伝う一筋の汗が視界に入る。
暑さを思考から追い出そうとしているのか、目を閉じたまま風を送るその行為を続けていた彼に、思わず見入ってしまっていた。
ーー村山さんて、こんなに色気のある人だったっけ。
「あ、ごめん。汗臭い? 一応気を付けているつもりではいるんだけど、こうも暑くちゃね」
私の様子を見て勘違いした村山さんは、ハンカチを取り出して額を拭った。
「いえっ、その……いいにおいだなって……あっ」
私の口は、何を言っているんだろう。
この前も似たようなことを言って、村山さんを変な顔にさせてしまったばかりだったのに。
「ーーいや、違うんです! どこのブランドの香水かなって思っただけで! ふっ、深い意味はっ!」
ハンカチを顔に当てたままぽかんとした表情をする村山さんに焦ってしまい、畳みかけるように続けた。これではどんどん墓穴を掘り続けているだけのような気がした時には既に遅く。
「……知りたい?」
にこりと微笑みながら、けれど細められた目元はどこか意地悪そうな光を放ちながら。
「サナギちゃんがもう少し僕と仲良くなったら、教えてあげる」
それが一体どういう意味を持つのか、今の私に聞き返す勇気はなかった。