いつか羽化する、その日まで
(さっきのは、からかわれただけだから!)
手に冷たい水がかかると、少しずつ頭がクリアになってくる。私は、来客が帰った後の片付けをするためにひとり給湯室へやって来ていた。食器洗いは頼まれた訳ではなく、片付けようとしていた小林さんに無理を言って代わってもらったのだ。
泡まみれのカップがカチャカチャと音を立てる。しばらくの間は洗い物に没頭できるかと思っていたが、村山さんのことばかり頭に浮かんでくる。
『サナギちゃんがもう少し僕と仲良くなったら、教えてあげる』
先ほどは思わず舞い上がってしまい、深く考えることができなかった。明後日で私のインターンは終わるというのに、どうしてすぐに気付けなかったのだろう。もう少し自分が冷静だったら、あの言葉は〝社交辞令〟だとすぐに分かったはずなのに。
ふう、と息が漏れた。
きっと村山さんの言葉はいつもの冗談で、私はいつものように切り返さなければいけなかったのだ。
ーーそれを今更、真に受けたりして。
営業所へやってきた最初の頃は小林さんに憧れていたはずなのに、気付いたらこれだ。自分の気持ちの変わりように思わず苦笑してしまう。
何かを企んでいる時の、意地悪そうだけれどどこか嬉しそうな、少年のようにも見えるあの顔。
どこまでが冗談でどこまでが本気なのか分からないような飄々とした態度。
結局なんだかんだ言って最後は助けてくれる、優しさ。
村山さんがすっかり心の隙間に入り込んでいるせいで、私の胸は苦しい。