いつか羽化する、その日まで
囁くような声だ。
他の人に聞こえないようにしてくれているその配慮と、近すぎて腕をかすった村山さんのシャツの質感にドキンと胸が鳴った。
「だっ、大丈夫です。……ご心配かけてすみません」
「ならいいけど。サナギちゃん、今日は下ばっかり向いて全然僕のこと見てくれないからさ」
「それは……」
村山さんが立ち去らず、そのまま話し続けてきたのでうろたえた。
もう近付くのをやめようと思う度にこんな態度を取られると、気持ちが揺れてしまう。この優しさには裏がないことを、私は十分知っているからだ。
「それは?」
ーーそしてどうして今日に限って、こんなに追及してくるの!
まさか「村山さんを見るとドキドキして息が止まりそうになるから」なんて言えるはずがない。現に今、こうして近寄られて迫られて、気を抜いてしまうと倒れそうだ。
「お礼……そう、お礼をしたくて! ーー村山さん! 明後日のお昼休み、空いてますか?」
沸騰しそうな頭で咄嗟にひねり出した、唯一の理由。
それは〝お世話になったお礼をしたいけれど、恥ずかしくて言い出せなかった〟という、なんとも微妙なものであった。