番犬男子
そうすればきっと、思い出してくれる。
だって、雪山で、お兄ちゃんはあたしの手を取ってくれたもん。
あれって、お兄ちゃんの中にあたしを好きでいてくれている気持ちがあるってことでしょ?
ベッドから身を起こそうとして、背中に激痛が走った。
『千果、動いちゃだめよ!安静にしてなさいって言われたでしょ?』
『どうしてもお兄ちゃんに会いたいの!』
『誠一郎は記憶を失くしたのよ。今行っても、誠一郎は千果を知らない。千果が傷つくだけだわ』
ベッドを下りたがるあたしを押さえながら、お母さんは説得する。
あたしが傷ついて済むなら、別にいいよ。
でも、事はそう単純じゃない。
『お母さんは、わかってないんだね』
お兄ちゃんの本能が、これ以上傷ついたら危ういと、自分を守った。
その結果が、記憶喪失だった。
そうやって己を保つしか、方法がなかったんだ。
『お兄ちゃんの記憶は失われてしまったけど、だからって傷ついた過去がなかったことになるわけでも、寂しい思いが消えるわけでもないんだよ!』