番犬男子
総長である誠一郎につきまとう、イカれた女。ちょっと賢いだけの、正体不明なやつ。
突然現れて、簡単に打ち解けていったあいつを、信用なんてできずに警戒していた。
いつかはいなくなるだろうと、根拠もなく考えていた。
――はず、なのに。
「ほら、やっぱり」
優しい声音が、降る。
拓けた視界で捉えたのは、千果の柔らかな微笑みだった。
「そんな綺麗な涙が流せるんだもん。その左目も、綺麗に決まってる」
……涙?
つ、と輪郭をなぞる感覚がして、手の甲で拭う。
湿った感触に、少しビビった。
俺、もしかして……。
ゆっくりゆっくり、顎先から上へ上へ手を持ち上げていく。
メガネの下をくぐって、今度は目尻を拭ってみた。
あぁ、本当だ。
手についた雫に、自嘲げに笑ってみせた。
俺、泣いてるのか。
涙なんて、いつ振りだろう。
“あの日”――好き“だった”人から遠のいた時でさえ、泣かなかったのに。
泣けなかったのに。
それなのに。
今は、不思議と、泣けてくる。
……いや、今だから、だろうか。