番犬男子




まさかこんなところで、自分が泣くとは想像していなかった。


ましてや、こいつの前で、こいつの言葉に感動して、泣いてしまうなんて。



予想外にもほどがある。

たぶん、俺が1番驚いてる。



「なんか勝手に、隠れて泣くタイプだと思ってた」



いつの間にか俺の目の前まで戻ってきていた千果が、不敵に顔を覗いてくる。



泣いた後の顔なんか、見せられっか。


絶対情けなくて、みっともないに決まってる。



慌てて顔を逸らし、舌打ちを漏らす。


前から一笑が聞こえたが、知らん振り。



耳の裏が熱いのは、気のせいだ。




「……お兄ちゃんみたいに」



寂しげな囁きを、笑顔の内側に潜ませる。


そんな千果の秘密に、熱を冷ますのに必死で、露ほども見抜けなかった。







洋館に帰ってきた。



買ってきた茶葉で、早速千果が茶を淹れた。


幹部室で、みんなと共に飲んでみる。


幸汰が淹れたのと同じくらい美味くて、俺もみんなも絶賛していた。




「……うまい」


「ほ、ほんと!?」


「ああ」



俺らに続いて、誠一郎も褒める。


嬉しそうにガッツポーズする千果に、みんなで顔を見合わせて噴き出した。



無邪気だな。


心の底から喜ぶ、あのあどけない姿が、演技だとは思えない。



嘘じゃない。

そう信じたいだけなのかもしれない。


だけど、なんの証拠も掴めていない以上、断言することはできない。



それが、なぜか、ひどくもどかしい。



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