番犬男子




茶を飲む誠一郎の隣で、千果はニヤけている。ハイテンションに騒いでいたかと思えば、真横に釘付けになる。



千果は、見ていて飽きない。



コロコロ表情が変わって、つい笑ってしまうんだ。


理由はわからないが。




あ、ほら。

また、変わった。


楽しげな表情から、儚げな表情に。




千果の右手が、だんだん誠一郎の顔に近づいていく。


額の傷痕に触れる、直前。


ピタリ。

右手は静止し、わずかに震わせた。



「ん?どうした?」



誠一郎がやや背中を丸めて、千果に問いかける。だが、応答はない。


やけに長い沈黙が漂った。



なんで急に元気をなくしたんだ?



「千果?」


「……おにい、ちゃん」


「ん?」



再度問いかけた声は、心なしか優しい。


らしくない千果の態度に、この場にいる全員が案じていた。



右手が下ろされていく。


膝の上で握りしめ、緩く俯いた。



「その傷、もう痛くない?」


「傷?……あー、これか。痛くねぇよ」



そっか、と千果は呟く。

安心したように。



でも、それは誰がどう見ても、嘘で。


安心、よりも、自嘲していた。




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