再見
 気が狂う程の父の不在感は、この家にはなかった。
むしろ恐ろしい程まだ彼の存在感に包まれたままで、静かに静かに、
音もたてずにそれは静かに、ひっそりとそこにあった。
静かな哀しみ。
 もうすぐ彼は帰って来る。家の前にタクシーが止まる。
紙袋を抱えた父の後ろから、運転士が大きなスーツケースを運んで来る。
「パパお帰りなさぁい」
まとわりつく祥子に渡される白い小箱。
数あるお土産の中で、必ず真っ先に祥子の手のひらに乗るいつものチョコレート。
荷物の中にはきちんと包装された色とりどりのお菓子もたくさん入っているだろう。
しあし祥子はビジネスクラスの機内で出るこの二粒の、
父が食べなかったのに祥子に持ち帰ってくれるトリュフが何よりも好きだった。
しばしばその片方に刻んだココナッツがまぶしてあったとしても。
無論、味が問題なのではない。幼い頃からの習慣。父が家で待つチビ姫に何気なく持ち帰るお菓子。それをはしゃぎながら食べられる、まだまだ自分が無邪気な、パパのチビ姫でいられることの途方もない安心。
そして、小さな手のひらいっぱいに、ぎゅっと父の親指を握りしめていた頃から、
見ないように気づかないように・・・ずっと知らないふりをしてきた、小さな不安。
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