再見
 母は優しかった。父が死んでからずっと。
今にも倒れそうなのに、細く小さな身体でぴんと背筋を伸ばし、
心配そうに微笑む母。いつだって結局は厳しくしきれなかった母。
 あの日、「嘘ぉ」と言って玄関に座り込んで泣き出してしまった母。
台所から漫画やテレビドラマのように顔を出して、そんな母をジロジロと覗き見た人達を、祥子は「帰ってください」と追い出した。
「帰ってよぉ。帰ってっ」母を抱き締めてただ叫んだ。
 いつも愛想よく笑顔で挨拶をする、吉原さんの娘さんが、
親切で手伝いに来た自分達を怒鳴りつけている。
近所の人達はそのことをどう受けとめただろう。
 母のことを守らなければ、あの時確かに強くそう思ったのに。
百合子の手をぎゅっと握り、祥子は目を閉じた。
「手をつないで寝てもいい?」
「いいわよ」
母の手は温かかった。
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