再見
父は商社に勤めていて、祥子が幼稚園に通う頃から日本を離れることが多かった。
初めの数年は祥子と兄の圭介を連れて父に同行した母も、
父の母親である祖母が、
祖父の建てた家を守るため、日本に留まるようになった。
五年前に兄が東京の大学へ進学してからは
女三人、名古屋の外れに建つ古い日本家屋に穏やかに暮らしている。
三人の暮らしと言っても、父と兄の存在にがっちりと支えられたそれは、
淋しさとはほとんど無縁だった。
毎年夏と冬には必ず家族が揃ったし、
何しろ愛情にも経済的にも恵まれて育った、
十八になりたての祥子にとって、淋しさなど虚像でしかなかった。
それはもう憧れとも呼べるほどの、少女の瑞々しい虚像。
そう。
あの喪失感に飲み込まれた、寒い寒い冬が訪れるまでは。
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