再見
 成田空港で兄の顔を見た時、
祥子は張り詰めていたものがほんの少し緩むのと同時に、
昨日の出来事をやっと反芻している自分に気付いた。
 五つ年上の兄は祥子にとって一番の理解者であり、
五年前に上京し離ればなれになるまでは、
金魚の糞のようだと言われるほどベタベタと付きまとっていた。
実際周りがみんなボーイフレンドの話で盛り上がる歳になっても、
「お兄ちゃんが。お兄ちゃんは」ばかりの祥子を、
「また兄なのぉ?」と友達はからかった。
 しかしこうして大好きな兄を目の前にしても、どう甘えていいのか分からず、
祥子は父の会社の人と話す兄の斜め後ろにそっと歩み寄り、ぎゅっと両目を瞑る。
 倒れたというのは叔母の取りあえずの配慮で、
父は発見された時、すでに息を引き取っていた。
単身赴任で北京に駐在する父は、マンションのバスルームで、
たった一人苦しみながら逝ったのだ。
兄の側に行きたくて東京の短大を受験していた祥子が、
その合格通知を片手に北京へ電話をしていたのは一昨日のことだ。
しかし連日接待で遅い父はまだ帰宅していなかった。
祥子は少しがっかりしたがもう一度深夜にかけ直すことはしなかった。
もしかしたら父は最期に祥子の電話の呼び出し音を聞いていたかもしれない。

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