再見

 名古屋空港から一旦成田空港に降り立った祥子と母の百合子は、
兄に圭介ともう一人福元という、父の上司である男と落ち合った。
彼がこれから父を迎えに行き、連れ帰るまでの約一週間、
祥子達三人に片時も離れず付き添ってくれるのだ。 
 エグゼクティブの待合室で搭乗時間を待ちながら、
祥子は北京空港のビジネス・ファーストクラス専用の待合室を思った。
 毎年夏休みの幾日かを、祥子は父の側で過ごした。
多忙ながらも父は、祥子と母の訪北に合わせて休みを取り、
西安や上海へと、二人を小旅行に連れ出した。
幼い頃はほとんど父と旅することのなかった祥子は、
時に兄も同行するその家族旅行が嬉しくてたまらなかった。
 その待合室は、今目の前にある広さや無駄な贅沢さは欠けらもなく、
ただ壁際に黒いテーブルが並び、
カウンターに簡単なアルコール類とコーヒーなどが用意されているだけだ。
父はそこでよく白い皿にビスケットを山盛りにしてコーヒーの横に置いた。
父はいつもそうだった。
自分はほんの少し口にするだけなのに
祥子には尋ねもせずに喫茶店でケーキを注文する。
そしてそれはそのまま父の祥子達に対する姿勢を表していた。
父は食べ物でも小遣いでも有り余る程与える。
妻の百合子や娘である祥子には
バックやアクセサリーなども使いきれない程買い与え、
それらのほとんどはクローゼットで眠っている。
百合子は元来装飾品にあまり興味のない女だったし、
祥子は自分が何が欲しいのか、
一生懸命考えなければわからないような子供だった。
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