友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~
第1章

第1節

ヒールが高すぎる。

芹沢のぞみ(せりざわのぞみ)は、似合わないサーモンピンクのワンピースを着て、新宿都心にあるホテルのラウンジにやってきた。
履きなれないヒールは、10歩歩くごとに足首がクキッと折れる。

「イライラする」
のぞみは綱渡りをするように、上手にバランスをとりながら歩いた。

ここのラウンジも、これで31回目。このワンピースも、このヒールも31回目。けれど一向に慣れる気配はなかった。

お見合いの待ち合わせ場所である窓際の席にやっと座ると、のぞみは「ふー」と額の汗をぬぐった。本当はこの席に座る前に、化粧室で身だしなみを整えた方がいいのだけれど、どっちにしろ断られるのでもうどうでもよかった。

11月。窓の外は晴天。
せっかくの週末をこうやって婚活に捧げるのも、そろそろ飽きてきた。一人で生きて行く準備をした方が、よっぽど現実的なんじゃなかろうか。

「でもなあ」
つい口から声が漏れる。

田舎の母にとって、のぞみの結婚は悩みの種だった。毎週末電話をかけてきては「まだ?」「いい人いないの?」と矢継ぎ早に聞いてくる。

「ごめんね」
電話口で謝るたびに、母は娘に聞こえないようにそっとため息をつく。

「こればっかりはご縁だからね」
最初は慰めの言葉かとも思っていたが、最近は軽い脅迫に聞こえる。

田舎で結婚しないという選択はない。兄が実家を継いでいるので心配はないのだが、口うるさい親戚筋や近所が行き遅れた娘を持つ母を放って置くはずがなかった。

だからのぞみは、結婚という選択肢を、いつまでも捨てられないのだ。
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