友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~
第2節
「よお」
土曜日の夜、新宿にあるチェーン店の居酒屋。
引き戸を開くと、向かいの席に座っていた大崎が手をあげた。
琢磨はこみあげる嫌悪感を飲み込んで、無理に笑顔を作る。
掘り炬燵風の席に座ると、おしぼりで手を拭いた。
「無理に誘って悪かったな」
「別に」
琢磨はメニューを手に取った。
大崎はのぞみに電話をかけてきたと思ったら、すぐに琢磨にもメールで連絡してきた。
てっきりのぞみだけを誘うのかと思っていたので、琢磨はやや拍子抜けだった。
「芹沢は遅れてくるってさ」
大崎は店員を呼ぶチャイムを押しながら言った。
「そうか」
本当は遅れてくることを知っている。
のぞみは「用事がある」と言っていたが、琢磨と離れて一人になりたいのだと理解した。
「生、二つ」
注文を取りに来た店員に、大崎が明るく言った。
それから適当につまみを見繕う。
「桐岡、ほかには?」
「いや、いい」
琢磨は少しも見ていなかったメニューを閉じて、スタンドに立てかけた。
半個室の店内。
両隣の声もすべて聞こえるし、店内中にたばこの煙が漂っていた。
それからしばらく、世間話。
仕事でよくやるような、調子合わせの会話。
大崎は何やらご機嫌のように見えた。
高校の時の友達と久しぶりに会うから、楽しいのだろうか。
一方、琢磨の気は晴れない。
のぞみの体、のぞみの声を、目の前の大崎も知っているのかと思うと。
まだ何も知らない十代ののぞみを、好奇心で組み敷いたのかと思うと。
琢磨の中に、汚い感情が溢れてくる。
当時、大崎といろいろ話した。勉強、進学、女の子のこと。
でものぞみの話題は出たことがなかった。
なぜ、俺だけ知らなかったんだ。