友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~

二人で人ごみの中、駅に向かってゆっくり歩く。

「そういえば」

のぞみは思い出した。
大崎を居酒屋にほったらかしにしていた。

スマホを取り出す。

「何?」
「大崎に電話。わたし、大崎一人にしちゃった」

琢磨がスマホを握るのぞみの手を掴んだ。

「しなくていい」
そう言った。

「だって」
「すんな」

そう言うと、また不機嫌そうに眉をしかめた。

失敗した。
「大崎」は禁句なんだ。

琢磨は無言でホームに上がる。

入り乱れる乗客。
発車のベル。
新宿の冷たい空気。

緑の山手線がホームに滑り込んで、風が巻き上がった。
琢磨の黒髪が風で持ち上がり、眉のしたのほくろが見えた。

押されるように、車内になだれ込む。
琢磨はのぞみをかばうように、ドア付近へ移動した。

昨晩のことを思い出す。
腕の力強さや、到達するときの呻き。

「のぞみ」
琢磨が身をかがめて、のぞみの耳に唇を近づける。

「帰ったら、抱いてもいい?」

一度許したら、その後は何度でも。

結婚したのだから、これが一生。
セックス付きの友情を続ける。

「嫌」
のぞみは答えた。

琢磨は「わかった」と言うと、また無言になった。
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