友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~
何も会話がないまま、マンションの部屋に入る。
電気をつけて、バッグを下ろした。
残してきた大崎のことが気になる。
せっかく声をかけてくれたのに、申し訳なかった。
琢磨が洗面所に言っている間、のぞみはスマホを取り出して、急いで謝罪のメールを打つ。
『今日はごめんね、また今度ゆっ』
そこまで打って、洗面所の扉が開いたことがわかった。
慌ててスマホをポケットの中に隠す。
リビングに出てきた琢磨と目が合った。
探るような視線。
のぞみはそれをかわすように、顔を背けた。
「連絡すんの?」
琢磨が言う。
「……一応、礼儀だし」
のぞみは言った。
間違ったことは言ってない。
「大崎が」
琢磨が言った。
「何?」
「大崎が、のぞみと結婚したいって言ってた」
「……また冗談を」
のぞみは笑った。
突然そんなことを大崎が言い出す、意味がわからない。
「冗談じゃない。誘うって言ってた」
「……へえ。もてんな、わたし」
のぞみはぎこちなくそう返した。
「大崎は友達なんだよな」
琢磨が言う。
「そうだよ」
「大崎がもし、俺よりも早く結婚しようって言ったら、お前する?」
のぞみの身がすくむ。
息をひゅっと小さく吸い込んだ。
わたしたちは友情で結婚した。
同じ時代を過ごした仲間として、楽しく毎日を暮らせると思って。
通常理論からいえば、大崎と結婚したはず。できたはず。
だって友達だから。
「……したかも」
のぞみは言った。
琢磨はそれを聞くと、自身をあざ笑うような顔をした。
「俺、今のぞみが、大崎と結婚したいって言われても、引き止められないよ」
目がじわりと赤くなり、ずるずると壁にもたれたまま、床に座りこんだ。
膝をたて、両腕をその上に乗せ、うなだれる。
黒髪に蛍光灯が白く光っていた。