友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~
「芹沢さん!」
結婚相談所の野橋(のはし)さんが、ホテルラウンジにやってきた。
グレーのビジネススーツにメガネ。太ったおばさんだ。
「こんにちわ。今日はいいお天気ですねえ」
いかにも世話好きというようなその風貌は、まさに結婚相談所にうってつけだ。確か、彼女は成婚率がいいという触れ込みだった。
のぞみの隣のソファに座ると、のぞみのスタイルを素早くチェックする。
「化粧室行かれます?」
人当たりのいい話し方だけれど、暗にメイクを直せと言っているのだろう。
「結構です」
きっぱりと断ると、「まあ、そう?」と不服そうだ。
のぞみは、彼女の成婚率を劇的に下げている要注意人物。なんとかしたいのだろう。なんだか不憫にも思えてきた。
「芹沢さん、今日のお相手の方のファイルご覧になっていただけました?」
「えっと」
実は見ていない。お見合いのことは、今朝思い出した。本当は昼からビールでも飲んで、と思っていたから、少々がっかりしたのだけれど。
「あらー。すごく素敵な方なんですよ」
野橋さんが少し自慢げに胸をそる。
「お相手の方は、今日が初めてなんです。ご出身が同じで、何かしらご縁を感じますよね」
彼女はことあるごとに「ご縁」という言葉を使う。これまでの30人にも「ご縁」があると言いまくっていたが、結局相手からその「ご縁」は破棄された。
「へえ」
のぞみが興味なさそうな声を出したので、野橋さんは口をつぐんだ。きっと文句を言いたいのを堪えたのだろう。
「芹沢さん、ご結婚の意思はあるんですよね?」
「はあ、まあ」
のぞみは頭をぽりぽりかく。アップにした髪が引っ張れて、痒くて仕方がない。
野橋さんは、のぞみと話すのを諦めたようだ。ファイルを膝の上に置くと、ラウンジの方を眺める。
のぞみも、ぼんやりと窓の外を眺めながら、その「ご縁」の相手を待つことにした。