友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~
第2章
第1節
小さな町の、小さな不動産屋。個人経営で地元の物件を扱っている。
でっぷりと太った社長とその奥さん、そして事務員であるのぞみの3人で会社は回っている。
物件を紹介したり、回ったりするのは社長と奥さんの仕事。
のぞみは、手が足りない時にはお客さんを案内したりもするけれど、基本は事務仕事と電話番だ。
社員は他にいないので、鬱陶しい人間関係のゴタゴタもない。
土日は「のぞみちゃんはいいよ」とお休みをくれる。
お給料以外では文句はない。
いや、一つあるとすれば、社長のタバコの煙だけか。
「結婚、どう?」
暇な時は、カウンターで延々と奥さんとおしゃべりをする。
「普通ですねえ」
のぞみがいうと、奥さんは「最近の子はドライね」と呟く。
のぞみはもう30歳だし、決して最近の子ではないのだが、60近い夫婦にしてみればまだまだ「最近の子」なのだろう。
「のぞみちゃんからちっとも恋の話がないから、てっきり恋人はいないんだと思ってたけどね」
奥さんの髪は赤っぽい茶色。
きつくパーマをあてていて、金縁のメガネをかけている。
「恋人じゃあないんです。友達です」
「じゃあ、友達から恋人に発展? ロマンチックだわあ」
のぞみはあえて否定はしない。
いろいろ面倒だからだ。
「おばちゃんはもう、韓流ドラマの中でしか恋愛できないし。のぞみちゃんが羨ましいわ」
節くれだった薬指の結婚指輪を、ぐりぐりと回す。
それを見て、そういえば結婚指輪を交換してなかったな、と思った。
「お相手はどんな人? どこお勤め?」
「広告会社のSです」
「まあ、大手じゃない」
奥さんの声がワントーン高くなる。
「写真ないの?」
そう言われて、困ってしまった。
「ないですねえ」
奥さんははあと再びため息。「ほんとドライ」