友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~
そのとき引き戸が開いて、のぞみは戸口に顔を向けた。
とっさに営業スマイルを出す。
「いらっしゃいませ」
その言葉が終わるか終わらないかというところで、のぞみは固まった。
「いらっしゃいませえ」
奥さんはそののぞみの様子に気づかず、立ち上がった。
「どうぞ、お座りくださいな」
のぞみの前に、代々木涼介(よよぎりょうすけ)が座った。
「よろしくお願いします」
一見、普通の人。
人当たりが良く、ムードメーカーで、みんなに好かれる。
のぞみも最初はそう感じた一人だった。
涼介がのぞみを見る。その切れ長の瞳で。
冷たいと感じたり、優しいと感じたり、恐ろしいと感じた、その瞳。
「どんな物件をお探しで?」
奥さんが金縁のメガネをくいっと上げて、にこやかに話しかける。
「一人暮らしのワンルームを探してます。できれば家賃は七万円程度で」
「七万だと、結構いいところ借りられると思いますよ」
奥さんは棚からファイルを取り出すと、いくつか物件資料を見せる。
そのあいだ、涼介はのぞみを見ない。
見ないけれど、のぞみが涼介から目を離せないでいることを、知ってる。
のぞみの横で、二人はいくつかの物件をピックアップし、これから見て回ろうと話している。のぞみの心臓は冷たい水をかけられたみたいに、ゆっくりとゆっくりと、鼓動を止めていく。
「じゃあ、車回してきますね」
奥さんはキーを手に、引き戸を引く。
「のぞみちゃん、留守番よろしくね」
「……はい」
奥さんから先に外に出る。
のぞみは背を向けた涼介から目が離せない。
外から「ちょっと待っててくださいね」という奥さんの声が聞こえる。
裏の駐車場から軽自動車を回してくるのだろう。