友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~

奥さんの影が消えると、のぞみは両手を力一杯握り合わせた。

寒い。
戸が開いているからじゃない。
涼介が目の前にいるから。
ただそれだけ。

ゆっくりとこちらを向いて、涼介の唇が裂けるように笑った。

「久しぶりだね」

声が鼓膜に振動する。
一度、衝撃で破れたことのある、のぞみの鼓膜。

「……久しぶり」
「もうすぐ、払い終わるって聞いた。ありがとうな、助かったよ」

本当は「ありがとう」なんて、一つも思ってないと知っている。
でものぞみは「うん」と頷くしかない。

「感謝もこめて、ゆっくり話をしたいんだけど、今晩どう?」

のぞみはごくんと唾を飲んだ。
断れないことがわかってるのか、涼介はポケットからスマホを取り出した。

「番号、変わってるなら教えて」
のぞみは機械的にバッグから自分のスマホを取り出す。そして新しい番号を教えた。

「さんきゅ」
涼介はウェーブのかかった髪を書き上げると、自分がとても魅力的だということを知っているかのように、優しく微笑んだ。

「のぞみはやっぱり、オレののぞみだな」

「お待たせしましたあ」
奥さんが軽自動車の窓から顔を覗かせて叫んだ。

「よろしくお願いします」
涼介はそういうと、奥さんの助手席に乗る。

「じゃあ、行ってきますね」
奥さんは上機嫌で車をスタートさせる。

のぞみはスマホを手に、立ち尽くした。

繰り返す襲ってくる、過去の高波に溺れそうになりながら。
ただ、立ち尽くしていた。
< 29 / 120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop