友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~
奥さんの影が消えると、のぞみは両手を力一杯握り合わせた。
寒い。
戸が開いているからじゃない。
涼介が目の前にいるから。
ただそれだけ。
ゆっくりとこちらを向いて、涼介の唇が裂けるように笑った。
「久しぶりだね」
声が鼓膜に振動する。
一度、衝撃で破れたことのある、のぞみの鼓膜。
「……久しぶり」
「もうすぐ、払い終わるって聞いた。ありがとうな、助かったよ」
本当は「ありがとう」なんて、一つも思ってないと知っている。
でものぞみは「うん」と頷くしかない。
「感謝もこめて、ゆっくり話をしたいんだけど、今晩どう?」
のぞみはごくんと唾を飲んだ。
断れないことがわかってるのか、涼介はポケットからスマホを取り出した。
「番号、変わってるなら教えて」
のぞみは機械的にバッグから自分のスマホを取り出す。そして新しい番号を教えた。
「さんきゅ」
涼介はウェーブのかかった髪を書き上げると、自分がとても魅力的だということを知っているかのように、優しく微笑んだ。
「のぞみはやっぱり、オレののぞみだな」
「お待たせしましたあ」
奥さんが軽自動車の窓から顔を覗かせて叫んだ。
「よろしくお願いします」
涼介はそういうと、奥さんの助手席に乗る。
「じゃあ、行ってきますね」
奥さんは上機嫌で車をスタートさせる。
のぞみはスマホを手に、立ち尽くした。
繰り返す襲ってくる、過去の高波に溺れそうになりながら。
ただ、立ち尽くしていた。