友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~
駅ビルの小さな喫茶店。どこにでも見かけるチェーン店だ。
駅は電車から降車する人々で、ざわついている。
「ずっと借金返してくれてたんだね」
涼介は、寒いのにアイスコーヒーを飲んでいる。
のぞみはコーヒーを頼んだが、とても喉を通らない。
「あと残り、20万ぐらいじゃん?」
よく知っている。
確かに完済までもう少しだ。
「それでさあ」
涼介がストローでかき回すと、カランと氷がグラスの中で鳴る。
「俺、ブラックリストに載ってるから、借りられないんだよ。で、思いついたわけ。のぞみがいるじゃんって」
想像した通り。
新たな借金のお願い。
いや、命令だ。
「のぞみも大変だと思うんだけどさあ、俺のこと好きだろ?」
自信に満ちたその言葉。
一方のぞみは、その言葉を否定することができない。
涼介の世界の、矛盾した心地よさを求めている自分がいることも分かっている。
「なんか、結婚したみたいじゃん」
そう言われて、はっと顔を上げた。
「あの奥さん、すっげーおしゃべりな。ペラペラペラペラ、マジ笑える」
涼介の眉の間に、うっすら苛立ちが見えた。
「お前も結婚とか、笑える」
心臓がばくばくしてきた。
琢磨に迷惑がかかる。
「旦那に借りてもいいし、俺と一緒に金融会社行ってもいい。どっちでもいいよ」
まるでのぞみに自由があるかのような言い方。
「俺のこと、好きだろ? 結婚したって、俺のこと愛してんだろ?」
涼介は肘をついて、のぞみの顔を覗き込んだ。
「いうこと、聞けるよな」
のぞみは「はい」と答えた。
もうその選択肢しかないような気持ちになる。
永遠に束縛されている。
この男の恐怖に。
「また連絡すっから」
ガタンと椅子を乱暴に引いて、涼介は立ち上がった。
「じゃあな」
肩を叩かれた時、びくんと体が震える。
それを見て涼介が笑っているのが、気配でわかった。
涙も出ない。
あの日々で、のぞみの涙腺はとっくにむしりとられてしまっていた。