友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~
第3節
「よお」
涼介の軽い声が耳に入った。
夜は寒い。
冷たい風が、駅前のベンチで待つのぞみのつま先の感覚を削っていた。
「じゃ、いくか」
のぞみは無言で立ち上がった。
先日は、貯金の大半を渡すだけで、かろうじて金融会社へ連れていかれることは免れた。
でもまさかそのときを、琢磨に見られていたなんて。
「さみーなあ」
涼介はダウンのポケットに手を突っ込んで、首をすくめる。
長い襟足が目に入って、のぞみは反射的に目を逸らした。
支配される恐怖心と心地よさ。
琢磨には気付かれたくない。
「カードある?」
駅前のATMに入ると、涼介は尋ねた。
銀行のカードローンなら、少額しか借りられない。少しホッとする。
「いくら?」
「マックスで」
涼介の視線を背中に感じながら、のぞみはカードを機械に差しこんだ。
これだけでいいなら、まだ大丈夫。
「なあ、旦那のカード、今度持ってこいよ」
金額を押すのぞみの手が止まった。
「旦那、稼いでんだろ? あの不動産屋のおばちゃんが、品川の高級マンションに住んでるって言ってたぞ」
「……お財布は分けてるから」
やっとの事でそれだけ言う。指が震える。
「でも、奥様なら借りられんだろ?」
「やめて……」
のぞみは振り返った。
涼介の鋭い目から、すうっと感情が消えた。
のぞみは身構える。
これは涼介がキレる合図。
「わかってんのか、お前」
のぞみは背を向けて、急いで手続きを完了する。
この後、何がおこるのか、経験からわかった。
逃げなきゃ。
でも、逃げられない。
お金を取り出すと、押し付けるように涼介に手渡した。
お財布をカバンにしまう前に、道路に飛び出る。
「おいっ」
後ろから腕を掴まれた。
その痛さ。
覚えがある。
ぐいっと引っ張られて、また涼介の香水が香る。
恐怖の記憶が、わっと溢れ出した。